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『乞食は50ルピアを受け取らないA』 |
前回の続き―。「乞食は『50ルピア二枚で100ルピアになる』価値がわからない」と女房(インドネシア人)に話したハル。笑って「そうねえ。だから乞食をやっているのねえ」と答えてほしかったのだが。
「50ルピア二枚で100ルピアじゃないか。そんな計算もできないんだから」
「でも、私だって50ルピアなら受け取らないわ」
「・・・・・・」
女房の言い分はこうである―。路上の野菜売りから野菜を買うとき、50ルピアの端数が出ると、野菜売りは絶対受け取らない、あるいは渋々それを受け取る。そういうことも嫌なので、なるべく50ルピアは持ちたくない。スーパーマーケットで50ルピアのお釣りがあると、50ルピアではなく、キャンディー一個をもらう。50ルピアは捨てるしかない。みんなそう思っている。私だってそう思っている。キャンディーなら取り敢えずお腹の足しになる―なのだそうだ。
編集長ハルは中学生の頃、一円のお釣りを「いりません」と言ったら、駄菓子屋のおばさんに「これはあなたのお父さんが一生懸命働いて貯めたお金だから、大切に使いなさい」と咎められたことがある。それ以来、一円も大切に扱い、ジャカルタでも、コインは必ず乞食用にとっておく。駄菓子屋のおばさんに咎められて以来、三十年の間、お金の価値観は(大金持ちは別として)万人共通だと思っていた。しかしインドネシアでは違った。50ルピア以下は滓である。まして25ルピア硬貨などゴミに過ぎない。
手元にある、50ルピア硬貨と25ルピア硬貨を一体どうしようか?
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