編集長ハルの気まぐれ日記

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哀し過ぎる事件

先日、テレビのニュース特集を見ていたところ、女房が目に涙を浮かべて「この事件は、とても可哀想なの」と言った。

結構な滞在暦(17年)にもかかわらずインドネシア語の超苦手な編集長ハルは、当然テレビで、どんなことが話されているかよくわからない。画面(その事件の再現フィルム)では、小さな子供が四人ベッドに横たわり、その母親(全員、役者です)が薬を飲んで苦しんでいる様を映していた。

この事件の内容は次のようなものである。

この家族は、出稼ぎに出ている父親、母親、11歳から1歳半の子供が四人の計六人家族で、インドネシアでは、ありきたりな貧困家庭でもある。父親は二週間に一度家に戻り生活費を入れ、そんな日々を平凡に送っていた。もちろん貯金などない。父親の得ていた収入は、細々と暮らしていけば、やっと生活できるぐらいの微々たるものだった。

さてその父親がいつも帰ってくる日に帰ってこない。それがたとえ二週間といえども、それを補えるほどの蓄えなどまったくない家族。最初の一週間ぐらいはなんとか持ちこたえたろうが、二週間目になるとまったく生活費のない状態となり、おまけに子供がデング熱にかかってしまった。父親にそのことを手紙などで打診するが、まったく音沙汰はない。

生活費さえままならないのだから、薬を買う金も当然なし。子供の病状はどんどん悪化し、誰に相談するも、解決の糸口は見つからない。そして父親が一ヶ月も帰らぬ頃、とうとう母親は「もう、この苦しみから逃れるには、死ぬしかない」と考えた。

そして、まず子供達四人に毒を飲ませ、彼らを殺した後、母親もその傍らで毒を飲んで死ぬ。哀しいのは、その子供たちの様子。洗いたての小奇麗な余所行きの服を着せ、きれいに髪をといでやり、しぼったタオルで顔をふいてやる。これから夜行列車の旅にでも出かけるように、全員を同じ方向に並べて。それから母親自身も毒を飲み、苦しみながら子供達の傍らで永遠の眠りについた。

遺書がテレビに映されていた。インドネシア語の苦手な私に、女房が解説した遺書の内容は(意訳です。原文のままではありません)

「パパ、帰りを待っていますが、いまだに連絡さえくれないのは、何かあったのでしょうか?子供達は病気になり、ますます悪くなっていますが、薬を買うことさえ、また生活することさえできません。苦しいです。もう耐えられません。子供達は私が連れていきます。パパ、もしできるなら私達のために祈ってください。パパ、愛しています。ありがとう」

小さな子供をもつ方にとって(編集長ハルにも四歳になる息子がいる)、この事件はあまりにも痛ましく、そして哀しい事件であろう。天国があると信じるしか彼女達が報われることはあるまい。



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