なぜ「怒髪天をつく」なんて古めかしい表現を使ったのかといえば、ハルも女房も猛烈に怒っているからである。その理由は―。
話は5、6年前に遡る。親戚がマナドで漁師をしている。年は35歳ぐらい。マナド出身の色白女性と結婚。子供は二人。ジャカルタにいても大していい仕事にありつけないとマナドに移住することにした彼。ふつうは田舎からジャカルタへ出てくるものだが、彼の場合は逆であった。奥さんの一家(一族)が猟師町(村)に住んでおり、漁を手伝えば、食うに困ることはない。まあ賢い選択であったいえるかもしれない。
最初は奥さんの兄の船に乗って漁を手伝っていた。そのうち要領を掴んできて、船の操り方や漁のコツを覚えていく。頭が良かったのだろう。そのうち、手伝いだけでは物足りず、いずれは自分の船を持ちたいと思っていた。そうした矢先、ごく近い親戚の娘(ハルの女房)が日本人のお金持ち(その頃はハルも羽振りがよかったのだ)に嫁ぐとわかり、いてもたってもおられず、マナドから女房・子供を連れてハル宅を訪れるのであった。
彼の言い分は 「一旦漁に出るとこれぐらいのお金が入ってくる。現在の収入はわずか○○だが、もし自分の船を持てば、その数倍の利益を得ることができる」
ようするに船を買う金を貸して欲しいということだ。きわめて現実的な話であり、彼の話しぶり・実務経験からすれば、まず間違いのない話(大きな利益は期待できないが、失敗も少ない)である。ちなみに船といってもそんなに高価なものではなく、大きな木で胴体をつくりあげた双胴船にYAMAHAのエンジンをつけたもので「せいぜい50〜60jutaもあれば買える」という話であった。
その頃は羽振りが良かったこともあり、およそ言うだけの金額(いくらか忘れた。おそらく80jutaぐらい)を貸してやった。私にしても船のオーナーというだけで気分がいい。
そして彼は成功した。彼の言うとおり、数倍の利益を得ることに成功した。問題はここからである。初めに1jutaを送ってきただけで、その後はあれこれ言い訳を繰り返し、一向にお金を返そうとしなくなってしまった。
ハルや女房だけではなく(女房の)家族もこれには大憤慨。全員で「返せ!」コールをするが、いかんせん、彼はマナドにいるため、電話ぐらいの催促・小言なんてまったく動じない。
ハルの女房もしょっちゅう電話をしていたが、とうとう居留守まで使いだし、いい加減うんざりしてきて、この頃はあの親戚のことを思い出さないようにしていた。ところがつい最近、ジャカルタにやってくるという話を耳にした。我が女房以外に連絡を取り、「レバラン前にジャカルタへやってきて、いろいろ買い物をしたい」と言う話だ。
金を返さないことを責めると
「あの金は神様がくれたものだ。彼女(我が女房)を通してきたに過ぎない」
と神様を冒涜する台詞を吐き
「二週間ほどジャカルタに滞在するのだけど、15jutaもあれば足りるかなあ」と嘯いている。
これを聞いてとうとう堪忍袋の緒が切れたハルと我が女房。ビジネスに失敗して一文無しなら、まだ許してやろうとも思う。だいだい金を出す段階で、もどってこないだろうとも思っていた。困っていたから貸してやっただけの話。
それを恩に感じるどころか、人をまったく無視して「15jutaもあれば足りるかなあ」とはどんな神経をしているのだろう。
ハルと女房は「どんな制裁を加えてやろうか」と密かに作戦を練っている。彼がジャカルタにやってきたらプレマン(チンピラ)を数人送って彼を袋叩きにする。彼がぼこぼこにされた後「あのチンピラは私が呼んだのではなく神様が呼んだのだ」とでも言ってやるか。しかしそんなことをすれば、ハルの寝覚めも悪いので、とりあえず他の作戦を考えよう。 |