日本で言うなら師走になるラマダン、街中のいたるところで歳末取り締まり計画が進んでいる。先日も生活苦のあまり子供(四歳ぐらい)を売ろうとした主婦が捕まった。その子供の代金は1850万ルピア(約20万円)で、証拠品として領収書も押収されており、テレビにその領収書が映し出されていた。
土曜日の夜、JPスポンサーである五右衛門に夜食を食べに行ったところ、これがインドネシア人で超満員。土曜日と言えば、平日の夜にくらべて空いているのが常であったが、料理長の多比羅さんに聞いたところ、ある人の誕生日パーティーだそうで、30万ルピアの料理を50人分用意したとのこと。これに1本200万ルピアのワインが5本で、しめて2000万ルピアなり。これを誕生日の主役が全額払い、一晩で散財する。子供一人の値段より高い誕生日パーティーである。
街中ではこの時期、必ず荷車(リヤカー)を引っ張り、田舎から出てくる一家がいる。親父が荷車を引っ張り、家族を連れて『物乞い』にやってくる。物乞いは母親とその子供の役目だ。宿はない。ほとんどが野宿であり、その辺のコンクリートに寝転がって夜を過ごす。警察は毎年、こんな一家をジャカルタへ入る前に関止めするが、雨後のタケノコのごとく出没する荷車にまったく手を打てずにいる。
「貧しいのだから、警察(政府)ももっと寛容になったらどうだ」という意見もあるが、テレビのニュースでは、彼ら(荷車家族)の田舎家が映し出され、これがそこそこ見映えのいい家で、一体どこが貧乏なのだろう?それでは彼らの仕事といえば、実は一年に一度の出稼ぎ〜ジャカルタに物乞いに来ること〜だそうな。ラマダンの一ヶ月で一年分の生活費を稼ぎ出すのだから、これはこれで大したもんだ。
幼子が交通渋滞の合間を縫って物乞いする姿にいちいち同情していてはアホらしい。とは思いつつ、100ルピアぐらいなら、小銭の整理にもなるし、それでインドネシアが回っていくのだから、これは施しではなく、経済循環である。 |