また身内の恥をさらすようでお恥ずかしいが、おもしろいので掲載。
先日、朝早く女房のところへ(女房の)母親より電話あり。その電話で女房がえらく興奮している。その興奮した声で
「パパ(編集長ハルのこと)、お母さんにアバンザ(トヨタの人気大衆車)が当たった!」
その家内の興奮した声と対照的なハルの冷めた感想。あ〜あ、またか。もう何度同じようなシチュエーションを体験してきたことか。
「RINSO(こちらで一番よく売れている洗濯洗剤)のプレゼントだから間違いない!」
RINSOでは、ラッキーカードを洗剤のパッケージに内包しており、それ(ラッキーカード)が出てくれば、高額商品が当たるというもの。やらせかどうかは知らないが、よくテレビで高額商品が当たった人にインタビューしている。昔日本でも似たようなくじがあったけど(「金、銀、パ〜〜ル、プレゼント♪♪〜」だったっけ)。
「間違いない!パッケージに印刷しているのと同じものが入っているんだって!」
「わかった。わかった。それじゃあ、とりあえずお母さんには『誰にも言うな。子供たちにさえ言うな』と伝えろ。『一切他言無用だ』と」
ここで「アバンザが当たった!」と触れ回れば(おそらく詐欺なので)、大恥をかくだけだし、万一本当に当たっていたとしても、お裾分けを期待する亡者の群れがゾンビのごとく押し寄せてくるに決まっている。
おめでたい我が女房の頭の中を推測してみるに
アバンザが当たった 95パーセント
どうせ詐欺に決まっている 5パーセント
「どうせ、また詐欺だよ」と水をさす冷めたハルのひとことなんぞ、いっこう耳を貸さない我が女房であった。
その日の夜、女房は当然実家にいる。当然当選したアバンザのことで家族会議だ。どうせ詐欺に決まっているとはいうものの、ハル自身も少しはその気になってきて
もし本当だったとしたら、過去の貢献度から考えて半分はハルの権利になってもおかしくないと都合のいい解釈でお裾分けを期待してしまった。
女房に呆れながらもついついこんなことを考えている自分が滑稽に思えて「人間は強欲である、もしアバンザが本当に当たったとしたら、子供たち(9人兄弟!なのだ)の間で血みどろのお裾分け分捕り競争が行われるに違いない。やはり緘口令を敷いたのは正解であろう」
その夜、実家へ女房・子供を迎えに行く。しかしいつもとなんら雰囲気はかわらず、「はは〜ん、やっぱり詐欺だったな」
女房の話―
ラッキーカードには『アバンザが当たったので、ここに電話してほしい』と書かれていた。しかしその電話番号は携帯電話用のもので、確認のためRINSOに直接電話してみると「それは詐欺だからひっかからないように」
どんな手口かといえば、試しにその電話番号にかけてみると「おめでとうございます。アバンザは〜〜にお届けします。つきましては税金を支払って頂かないといけません。●●口座に〜ルピアをお支払いください」
と決まってこのような詐欺事件が頻発している。JPに連載中の現代インドネシア千一景などで日本人でさえすら、これらの事件がインドネシアで頻発している事実を知っているのに、当のインドネシア人がことごとく騙されるのはどういうわけだ。
で、ハルなりに極めて簡単に分析してみると(社会学的分析などではありません)
日本人に比してインドネシア人は『自分の都合のいいように物事を解釈したがる』傾向にある。だからこれだけ詐欺事件が頻発して、数多くの人々が騙されているにもかかわらず、一向にこの手の詐欺がなくならないのだろう。
他言無用にせよと言ったものの、女房の妹・弟には話したようで、弟は『アバンザを売って土地を買おう』、妹は『お金貸して』と、母親・我が女房が大興奮・ぬか喜びの吉本新喜劇を演じたのであった。
あほやな〜。
|