第十回
インドネシアの路上を支配している、交通法規より高い位置に置かれている決まりとして四つの法則があげられている。「流れの法則」「鼻先の法則」「図体の法則」「視認の法則」と名付けられたそれらの原理はいったいどのようなものなのだろうか?
第一の「流れの法則」とは、路上に形成される流れを妨げてはならないという論理のもと、道路標識や信号がどうあろうと、交通の流れに乗っているかぎりはそれらの決まりに従わなくとも何も悪くないという原理がこれである。だから交差点で赤信号を押し渡る流れが形成されると、それとクロスするグリーン信号の側で停止や徐行が起こる。対向四車線道路が時と場合によって三対一、ひどいときには全車線一方通行に豹変することもある。誰かが対向車線を逆走すると、われもわれもとそれに追随する者が出てきて、こうして交通の流れが形成される。センターラインを越えて対向車線を逆走すれば交通違反だが、交通警官がその流れを違反者として一網打尽にする場面を見たことがない。そもそもそのような逆走が起こるのは、進行方向の車線が詰まって動かず、しびれを切らした横着者が空いている対向車線に飛び出すという状況がほとんどで、交通警官は何をするかというと、自然発生した三対一あるいは全車線一方通行化のさなかに対向車がやってきたとき、その対向車を通してやるための交通整理を行うのである。
三車線に四五台が並ぶ赤信号でも、それぞれの後ろに後続車がつながり、四五本の車の列が流れを形成する。交差点を過ぎれば三車線の流れに戻るにせよ、交差点の手前にできた四本から五本の車列は言うまでもなく車線をまたいでいるわけだが、交通警官に違反切符を切られる車はない。
ジャカルタの街中を走っていると、パトカーや救急車あるいは消防車などが混雑する道路をかきわけて前進する状況にしばしば遭遇する。そんなとき、それらの緊急車や白バイが先導するご一行様に後続して突き進むドライバーも多い。見ていて気恥ずかしくなるようなジャカルタ・ドライバーのそんなふるまいは、この法則が下支えをしているのではあるまいか。
二つ目の「鼻先の法則」は、大勢の皆さんが先刻ご承知であるにちがいない。この法則を「先行車優先」と呼ぶ人がいるが、もっと細かに見てみると、自分の車の鼻先をおさえられた方がおさえた方を先に行かせてやらなければならない法則であることがわかる。これはつまり、自分の車のどの部分であれ、相手の車の鼻先にそれを置いて相手の進路を邪魔した方が勝ちであることを意味している。勝ち負けと言っているのは、どちらが停まらなければならず、どちらが先に動いてよいのか、という意味で、この法則のおかげでジャカルタ・ドライバーたちはたいてい他車の鼻先をおさえることに血道をあげる。この法則が割り込み行為を盛んにしていることも疑いない。
この原理は、自分の車を他車にぶつけることは悪である、という価値観に則っているようだ。事情がどうあれ、運転者が他車に自分の車をぶつけるのは悪いことなのである。その論理を進めて行けば、衝突や接触事故が起こった際の正誤判定基準としてこの法則が機能することがわかる。前の車が急停車したため追突事故となった場合、道路状況や事故の真の原因がどうあれ、追突した側が責任を取らされる。だから鼻先をおさえられた車は、おさえた車を先に行かせようとする。Uターン路を逆走してきてわたしの車の前に止まった車であっても、その車にわたしがぶつけたら、非はわたしにあることになってしまう。だからいかなる状況であれ、鼻先をおさえられた車は静かに止まって、自分の前にいる車が去るのを待つのである。
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