第十一回
その次の「図体の法則」は上記「流れの法則」と「鼻先の法則」の下部原理として働く。つまり第一法則第二法則には優先せず、副次的なものとして機能するのである。この法則はつまり、図体の大きい車が小さい車に勝つということだ。疾走する大型バス、砂利トラック、ゴミトラックなどのキングオブザロードと衝突すれば、セダン車に乗っているあなたが生命を失うのは十中八九確実ではないだろうか。だからあえてかれらと争うことはしないのが得策であり、かれらが正面から疾駆してくれば理非は問わずに道を譲ってやれと教えているのがこの原理だ。
地方部の街道を走ると、大型バスや大型トラックの往来が激しい。トラックはたいてい許容量を超える荷を積んで走るので、スピードはあまり出ない。追い越しのチャンスを見出せないままセダンやアンコッが十台足らずのろのろトラックにくっついて隊列を組んで走っていると、後ろから来た大型バスがごぼう抜きにかかる。そんな街道はたいてい対向二車線だから、バスは反対車線を逆走しているわけだ。そこに来合わせた対向車はたまらない。そこに「図体の法則」が適用されるのである。インドネシアで交通法規の上位に置かれている「図体の法則」をバスの運転手は信じているから、正面からやってきたセダン車が自分に道を譲ることをかれは確信している。その法則の中にいるインドネシア人運転者は、バスがすごすごと引き下がらないことを知っているから、路肩に下りて徐行したり停車したりする。バスとトラックが正面から並んで疾走してくる二車線道路で、インドネシアのこの法則を知らなかったために、バスはスピードを落として本来の車線にいる車列の最後尾につき、自分に道を譲るだろうと考え、正面のバスに突っ込んで行って玉砕した外国人は数多い。
もうひとつ、この図体の法則が生み出す別の種類の大事故が地方部でよく起こる。見通しの悪いゆるいカーブを大型トラックや大型バスが高速で走り抜けようとするとき、必然的にセンターラインを大きく越えてふくらむために、対向車が引っ掛けられることになる。
インドネシアの交通習慣の中で運転者が行っているウインカーの奇妙な使い方にお気付きではないだろうか?わたしがそれにはじめて気付いたのも、そんな田舎の街道でカーブをふくらんで走る大型トラックの右ウインカーの点滅を目にしたときだった。よく気をつけて見ていると、ジャカルタの街中でも、片側二車線道路を走るバスがセンターラインを少し越えて車を追い越すときとか、あるいはその反対で自分はその車線を徐行しているようなとき、前方から来る対向車の走りがセンターラインを越えている場合に右ウインカーを点滅させることもある。
右左折でもなく、また車線変更でもないのにウインカーを点滅させるそれらの事実からわたしは、インドネシアでウインカーは警告サインとして使用されているのだという結論をそこに見出す。しかし考えてみれば、右左折や車線変更でウインカーを出すのは自分が何をしようとしているのかということについての意思表示であり、他車への警告であるのは疑いもない。警告という要素を敷衍していけば、センターラインを越えてふくらむから危ないぞと警告し、前方からセンターラインを越えてくる車にバスがお前の行動は危ないぞと警告するのも、同じ根につながっていくような気がするのだが、皆さんはどうお感じになるだろうか?
さて「図体の法則」に話をもどして、大型車がカーブを回るのにセンターラインを越えて猛スピードで突進してくるのがこの法則の典型例のひとつだとわたしは思うが、だから対向車であるわたしたちはできるだけセンターラインから離れてコーナリングを行うように心がけなければならない。つまりコーナリングのベスト効率は右カーブの場合、曲がる前にアウトに出てからカーブの内側をまっすぐ抜けて車線の左よりに達し、そこで直進態勢に戻すという理論になっている。しかしこれではふくらんだ大型車と正面衝突してしまう。ふくらんだ大型車がすぐそこまで来ているかどうかわからないケースでは、効率の良いコーナリングなどは忘れて、右カーブの左端をスピードを殺して回るべきだ。
この法則に限っては、ぶつけた方が悪いなどという話をするのは遺族であって、ぶつけられた当の運転者は鬼籍に入ったあと、というケースが多いから、交通法規を武器にしてその闘いに勝とうとするようなことは避けるのがインドネシアで生活する際の最良の知恵ではあるまいか。なにはともあれ、バス・トラックなどの大型車両は敬遠するのが一番だ。
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