第八回
一方、四輪車の世界で弱者保護原理を目にすることはあまりない。大型バスやトラックは弱肉強食原理を謳歌しているようだから、なぜオートバイに弱者保護原理がまとわりついているのか、実に奇妙な現象としか思えない。
交差点で信号待ちをしている四輪車の間を縫って後から来たオートバイが前へ前へといざり寄っていく姿は、皆さんにももうおなじみになっているにちがいない。歌の文句ではないが「もうどうにもとまらない」といった風情のその姿は、本能に従って集団移動の大行進を行うと言われるレミングの姿を彷彿とさせるものがある。インドネシア人二輪ドライバーの告白を聞くと、本能的に「どうにもとまらない」になるそうで、赤信号であれ何であれ、自分の進路に横たわるものは突っ切って行きたくなるらしい。交差点で二輪ドライバーがいざり進むのは、四輪車の後ろで排気ガスを吸わされるのが嫌だから、という説明に接したことがあるが、わたしにはそれがメインの理由とはどうしても思えず、やはりレミング本能説の方を信奉してしまいそうだ。交差点の停止線を越えて四輪車の前に数列の横隊を作り、左右からの交通の流れが途絶えると何台もがダッシュして赤信号を突っ切る事実は「どうにもとまらない」説を裏書しているように思えてしかたがない。
「信号待ちの四輪車の後ろについたら、信号が変わってもさっさとその交差点を越えられない場合がある。だから車の隙間を縫って一番前に出る。信号が変わったらすぐにエンジンをふかしてGo!だ。」という二輪ドライバーの声は、レミング本能説を裏書するもうひとつの証明ではないかと思えて、あのヘルメットをかぶった大集団のヘルの下にあるネズミ男・ネズミ女の頭部を不謹慎にも想像し、ハンドルの後ろでクスクス笑いをこらえるわたしに、かれらの不可解な視線が浴びせかけられたりする。
S禁止標識が突っ立っている場所で堂々と駐車する。P禁止標識が立っている場所がビスコタ駐車プールにされている。皮肉なことに、ボトルネックがそこにできると、交通警官がやってきて交通整理をしてくれるが、問題の根にメスを入れようとはしない。右折左折禁止やらUターン禁止の標識が出ている場所でも、ショバを自分のものにして稼ぎを行うパッオガに2百から5百ルピアを渡してやれば、違反公認者がいるため大手をふってそれができる。
有料自動車専用道路では右車線は追越し用、トラック・バスは左車線通行と定められているのに、右車線をとろとろ走るセダンやバンがおり、一方トラックやバスは猛然と高速度で左右の車線を突っ走る。走行禁止とあちこちに表示されているにもかかわらず、路肩は追越し車線として使われ、やはりオープンデッキに人を乗せるのは禁止と表示されているのに、トラックの荷台に山積みにされた荷物の陰で人が寝ていたりする。
交通法規は整えられ、十分に体系付けられているのだが、それが日々の社会生活の中で守られているようにはあまり見えない。これはいったいどうなっているのだろうか?音楽学者で文化人のスカ・ハルジャナ氏はエッセイの中でそれに関して次のように物語っている。
|