インドネシアジャカルタの風俗・社会現象ルポ

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現代インドネシア 1001景

(2010年2月15日)
「悲劇の根はどこにある?(上)」
タングラン市チポンド郡プティル町プロインダアスリU通りにある36平米の借家は戸締りがなされて終日ひとの出入りがないのに、屋内から子供の泣き声が聞こえてくる。家主のグルトム夫人はその状況を知って隣人たちに言った。

これまで数日間そんな状況が続いているのを知りながらどうしてよいのかなす術を知らなかった隣人たちは、家主の依頼に力付けられてその借家の扉を破った。中に閉じ込められていた3歳と2歳の男児そして生後9ヶ月の女児の三人がこうして解放された。この事件の届出を受けたタングラン市警チポンド署は男児ふたりを孤児院に預け、女児は隣人のひとりが世話しようと申し出たのでその市民に預けられた。そして子供たちを遺棄した両親の捜索を開始したのである。

子供たちの状態は悲惨だった。孤児院に連れてこられたときの男児ふたりは半飢餓状態で腹が膨れ、栄養不良であるのがひと目でわかり、皮膚には疥癬ができており、筋肉は固く緊張していた。排便のあとでも身体を洗った形跡がなく、数日間同じ衣服を着たままでいたようだ。もっと過酷だったのは、遺棄され閉じ込められていたことで受けた精神的な傷の大きさで、孤児院でもその子ふたりは、昼間は言うにおよばず、夜になっても部屋の外に居続けようとし寝室に入ることを嫌がった。トラウマから抜け出すのに一週間はかかるだろう、と孤児院職員は語っている。

チポンド署が隣人から集めた情報によれば、父親のレリ25歳は運転手をしていたが最近職を失い、失業してからは妻のディアナ23歳との間に口喧嘩が絶えず、そうして7日前から家に帰らなくなったそうだ。母親のディアナは幼子をひとりで抱えこむことになって仕事にも出られず、収入の道が完全に途絶えたため隣人からの借金やワルンのツケで生活していたが、夫が家庭を放棄したことがはっきりしてくるに連れて4日前の夜に自分もその家から姿を消していた。

[ 続く ]

(2010年2月8日)
「貞操堅固とアルコールおぼこ」
東ジャワ州バニュワギ(Banyuwangi)のトゥガルドゥリモ村に住むアナン26歳のかの女はまだ高校生。ふたりは頻繁にデートするのだが、16歳のミラはなかなかアナンに身体を許そうとしない。「そういうのはちゃんと結婚してからでなきゃダメ。いやっ、ダメだったら!」胸元にかかったアナンの手をミラはぴしゃりとひっぱたく。おかげでアナンの欲求不満はいやがうえにも高まるばかり。

2010年1月21日午前6時、ミラはいつものように家を出て学校に向かった。ところがその日は夜が更けたというのにミラは家に帰ってこないから、両親は気が気でなくなった。ミラの父カティノ45歳がまず疑ったのはミラの彼氏であるアナン。カティノは親族数人と連れ立ってアナンの家を訪れ、家にひとりいたアナンを問い詰めたが、アナンは知らないと言い張る。水掛け論では手の出しようがないためカティノは一旦引き下がった。と見せたのはカティノの策略で、かれは連れて行った甥のひとりにアナンの家を見張らせたのだ。

夜の就寝時間の早いジャワの農村部で22時というのはもう深夜だ。そんな時間にアナンの家の中にいるミラの姿が目に映ったから、甥は急いでカティノに注進に及んだ。「そうれ見ろ!」と躍り上がったカティノはトゥガルドゥリモ警察署に駆け込み、娘がかどわかされた、と言い立てた。そして警官と数人の親族を先導してカティノはアナンの家に向かったのである。

アナンの家はその日、両親や兄弟姉妹がみんな出払っていてアナンがひとりで留守番することになっていた。そこに警官とミラの一族が押しかけてきて家宅捜索を行ない、こうしてアナンの部屋で悪酔いして横になっているミラが発見されたのである。ミラは父親に連れられて帰宅し、警官はアナンを署に連行して取り調べた。警察の取調べで一部始終を自供したアナンの話はこうだ。

1月21日朝6時に家を出たミラは友人と一緒にアナンの家に来た。友人はそのあと学校へ行ったが、ミラはアナンが学校をサボってふたりでたのしもうぜ、と誘ったのですぐその気になった。家にはアナンがひとりきりだったが、ミラは貞操の危機を感じなかったようだ。手を出してきたらひっぱたけばいい、と思っていたにちがいない。しかしその日、アナンに狡猾な考えが湧いていたのをミラは知る由もなかったのである。

アナンは居間にビンタンビールや老爺印アンチウ(火酒)を出してきて、「飲もう、飲もう」とミラに勧めた。ミラの不安を見透かしたかのように「こんなもの、なんでもないよ。ほら、こんなもんだ。」とアナンは自分で飲んで見せてミラを説得する。コップ三杯目を半分ほど飲んだとき、ミラは目が回って気持ち悪くなり、その場にたおれこんだ。にんまりほくそえんだアナンはミラを抱き上げると自分の部屋に運び込み、自分のベッドに寝かせてからミラの衣服をゆるめはじめた。

意識もうろうとしているミラはアナンの手が自分の身体のあちこちを這い回るのを感じているが、身体が言うことをきかない。ミラは何度か眠り、目覚め、夢うつつにアナンの手を身体のあちこちに感じ、そしてまた眠りに落ちて・・・・ということを繰り返した。アナンは憧れの女体を前にして思う存分法悦境に浸りながら夕方まで飲み続けた。ところが夜になってミラの父親がやって来たから、それをなんとか追い返すのには成功。そしてさあこの夜中にミラの処女をわがものに、とほくそえんだときに警官に踏み込まれたというのがこの事件の顛末。警察はアナンを児童保護法違反で起訴することにしている。

インドネシアでは「女のほうが望んだ」「女のほうが誘った」というのは、事実は別にして表向きにはありえない話になっているため、男女間の事件が表沙汰になると必ず男が悪者にされる。インドネシアのジェンダー差別で女の側に都合のよいものもないわけではないということらしい。

(2010年2月1日)
「バリの恋人たち」
およそ一年前、ヌサドゥアのホテルで働くプトゥ・アンディ・ウダヤナ20歳はクタのレストランで働くニ・カデッ・メガ・プスピタサリ20歳と知合い、恋に落ち、そしてよくある話のように若い男女が行き着くところまで踏み込んだ。その結果メガが妊娠するのも避けられない出来事だったにちがいない。アンディはタバナン県クディリ郡住民で、メガはバドゥン県ムンウィ郡に実家がある。その両郡は県が異なるが互いに境界を接しており、ふたりは地縁的に近い者同士だった。

2010年1月2日昼11時ごろ、クディリ郡タナロッ(Tanah Lot)の北方およそ3キロほど離れたイェガンガ海岸で黒色ビニール袋に入った体長14センチほどの胎児の死骸が発見されて騒ぎとなった。住民からの通報を受けたタバナン県警はすぐに捜査を開始し、犯罪捜査課刑事が産婆・病院・クリニックを回って最近行なわれた妊娠中絶の有無を調べた。そして若い男女のカップルに該当者があることが判明したのである。

メガがアンディに妊娠を告げたとき、アンディは苦しい決断を迫られた。結婚して家庭を持つのはもっとずっと先、と思っていたふたりにその胎児を受け入れる心の余裕はなかったようだ。2009年12月27日、アンディがひとつ3万ルピアで手に入れた堕胎用ピルを3個、メガはヌサドゥアにあるアンディの借室で飲んだ。そのあとメガはずっと腹具合の異常を訴えていた。そうして2010年1月2日早朝4時半ごろ、メガに激しい出血があった。

メガの状態を心配したアンディはメガをクディリ郡パンティ部落の産婆に連れて行ったがまだ開いていなかったためドロップリ部落の産婆宅に回った。しかしその産婆はメガの出血がひどいため何の手当もせず、クディリバイパス通りにあるカスタグマニ出産クリニックに行くよう紹介状を書いた。5ヶ月未満の胎児はそのクリニックで取り出された。メガはその胎児が男であったことを知っているが、取り出されたとき生きていたのかどうかを知らない。アンディは費用の120万ルピアを支払うと、胎児とメガを連れてクリニックを立ち去った。

午前9時ごろ、アンディは黒色ビニール袋に胎児を入れ、チャナンと一緒にイェガンガ海岸に流した。チャナンはジャヌルで作ったヒンドゥ教のお供え物を置く器だ。そしてそのおよそ2時間後に胎児投棄事件の騒ぎが始まったのである。

タバナン県警はメガを故意の妊娠中絶罪、アンディを妊娠中絶使嗾罪で起訴する予定。

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この記事は西祥郎さんの提供です

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