インドネシアジャカルタの風俗・社会現象ルポ

ジェイピープルメインページへ インターネットコンサルティング

現代インドネシア 1001景

(2007年10月29日)
「詐欺がいっぱい(6)」
2005年8月、ホテルメリアバリにリッポ銀行の女性職員がビジネス訪問のためにやってきた。それがヌルサニア・ベティ・マハラニだった。かの女はリッポ銀行の新商品、リッポネットの売り込みにやってきたのだ。リッポネットに預金しておくと毎月15%の利息が付く、と口八丁で説明されたがホテル役員ワヤン・ムスティカは最初あまりその話に興味を示さなかった。しかし詐欺上手は口説き上手。優秀なセールスマンと優秀な詐欺師の差は紙一重。ベティのたゆまぬアプローチにワヤンはとうとう乗り気になり、2006年1月6日に20億ルピアをベティに預けた。ひと月が経過してホテル側はさっそく付いた金利を元本とともに取り戻そうとしたが、リッポ銀行ヌサドゥア支店に問い合わせてもベティを捕まえることができない。「ベティさんは前の支店長でしたけど、だいぶ前に辞めましたよ。」という電話交換手の言葉にワヤンは狐につままれた思い。バリに狐はいただろうか?などと考えるのはあとにして、ワヤンはジャカルタのリッポ銀行本店に電話で問い合わせてみた。すると、バリではリッポネットをまだ取り扱っていませんという返事。ベティの詐欺にまんまといっぱい食わされたことを悟ったホテル側は犯人捜索を警察に要請した。警察はジャカルタでベティを逮捕し、身柄をバリに送って公判となったというのがその顛末である。

元リッポ銀行ヌサドゥア支店長だった42歳のベティは既に何人もの被害者を詐欺の罠におとしいれた前歴を持つ。そのためベティの前歴を知るひとたちの間で「詐欺の女王」という尊称を奉られているのは知る人ぞ知る事実。北スマトラ州メダン生まれで大学卒(S−1)のタイトルを持つこのインテリ詐欺師は二児の母親でもある。ホテルメリアバリ事件のデンパサル地方裁判所での公判では、判事団はベティに4年の入獄刑の判決をくだした。ベティはそれ以前にも詐欺事件に関連して二度捕まって判決を受けており、ひとつは4年半もうひとつは2年半の執行猶予付き実刑判決が下されていた。懲りないつわものもいたものだ。
 

(2007年10月23日)
「陰惨、18歳の冷血」(後)
警察はわずか1日で容疑者を特定し、連行して取り調べた。連行されたのはエリスの家からほんの三軒離れた家の高校三年生の青年I18歳。警察の取調べにIは否認を続けた。ところがIの手のひらに新しい傷があるのを取調官が尋ねた。「お前、その手の傷はどうしたんだ?」「えっ?あっ、こりゃああの、凧揚げしてて糸がか らんで切れたんです。」警察は保健所の医師に協力を仰いだ。医師はIの手の傷を調べてから言った。「これは糸がすれてできた傷じゃないですな。鋭利な刃物で切れたものとしか思えない。」

「エリスともみあったときにできた傷じゃないのか?」という取調官の追及に逃げ場を失ったIは自分の犯行であることをついに自白した。エリスがふだんから自分の顔がぶざまだと言って馬鹿にしていたのでいつか殺してやろうと思っていた、とIは犯行の動機を語った。「いつもお前は醜いとかお前は不細工だとか言って侮蔑さ れた。心がずたずたにされた。」

心の痛手を晴らす決行日を24日深夜と決めたIは三日前から周到に計画を練った。エリスの身体を切り刻むためのナイフも用意した。エリスの身体にナイフを突き立てている自分を想像してIは興奮に酔った。24日深夜、Iはエリス宅の裏の窓を破ってしのびこんだ。エリスを探して寝室に入ったとき、エリスが目をさましてI がしのびこんだことに驚きかれをなじった。ふたりの間で口喧嘩が始まり、Iはエリスをつかんで壁にエリスの頭を打ち付けた。エリスはIから逃げようとして表戸に向かう。追いすがったIはナイフでエリスの身体をめった突きにし、息も絶え絶えなエリスをレープした。インドリが目を覚まし、惨状を目にして悲鳴をあげ続ける 。思い余ったIはインドリめがけてナイフをふるった。インドリの声が静まったとき、奥の部屋で泣き喚く子供の声にIは気付いた。Iはふらふらと奥の部屋に向かい、ベッドの上で泣いている子供にナイフを突き立てた。「オレはひとりだけ殺すつもりだったのに、みんなが騒いだからしかたなくやってしまった。なんでおとなし くしていなかったんだ。」Iはそのように取調官に自供した。

(2007年10月22日)
「陰惨、18歳の冷血」(前)
2007年9月25日午前6時半ごろ、西ジャワ州ガルッ県チバトゥ郡クルタジャヤ村プロ部落に住む主婦エリス・スナルティ28歳とその子供インドリ・アプリリアニ11歳、デラ・アメリア・サルサビラ4歳の三人が自宅で死んでいるのが発見された。この三人の死体は鋭利な刃物でめった突きにされておりまたその家から金目 の品物が何もなくなっていないことから、ガルッ警察は怨恨の線から事件を洗い始めた。

25日早朝、同じ部落内のエリスの実家に13歳のミラがやってきた。ミラはインドリの同級生で毎朝登校のときにインドリを誘いに来るのが日課だった。ミラはインドリの家の表戸をノックしたが、家の中でひとの動く気配がまったくない。ミラはインドリの一家が祖母の家に泊まっているのだろうと思ってやってきたのだ。イン ドリの祖母オデ50歳は胸騒ぎを感じてすぐにエリスの家に向かった。エリスの夫はチレボンで仕事をしており、自宅に帰ってくることはあまりない。女ばかり三人の家でふだん男手がないのは不用心だ。エリスも妊娠5ヶ月だというのに。オデは夫とふたりでエリスの家に向かった。

エリスの家の窓はすべてカーテンが下りている。これは奇妙だ。毎日6時半には必ずカーテンが開いているのに。娘と孫たちはいったいどうしたのだろう。オデは表戸をノックし、娘と孫の名前を呼んだ。しかし反応は何もない。扉を押してみたところ、なんと鍵がかかっていなかった。扉を開いて屋内に入ったオデは突然金切り声 をあげてしゃがみこんだ。いったいどうしたのかと夫がその後ろから覗き込み、これも言葉にならない声を発して地面にくずおれた。薄暗い屋内はあちらこちらに血の痕が筋を引き、床には血だまりができて断末魔の惨状を映し出していた。

オデの悲鳴を聞きつけて大勢が駆け寄ってくる。そして屋内の惨状を目にしてだれもがショックを受けた。エリスとインドリがそこに横たわっている。末娘のデラはどこにいるのだろうか?住民数人が屋内を探し、寝室のベッドで毛布に覆われているデラを発見した。毛布をはいだ住民たちはすぐに目をそらした。何ヶ所も刃物で突 き刺されて血まみれになった4歳の少女の体がそこにあったからだ。すぐに警察への通報がなされ、警察の捜査が始まった。
(以下明日に続く)

(2007年10月15日)
「ペンペ」
pempekはパレンバンの名物。日本で言えば『はんぺん』に当たるこの食べ物はそのままタレをつけてスナックに、あるいはご飯のおかずとしても食される。このペンペもついにフランチャイズビジネス商品になった。

首都圏には2003年に開業したバミラオス(bakmie Raos)という麺のフランチャイズがある。そのバミラオスのフランチャイザーであるPT Raos Aneka Panganが事業多様化を図ってペンペラヴィ(pempek Ravi)という商品名のペンペを発売する。ペンペラヴィはお家元パレンバンのペンペコンセプトをジャボデタベッに持ち込もうという企画であり、これは言うまでもなくペンペフランチャイズのパイオニア。PT Raos Aneka Panganのオーナーであるビマダはこのアイデアをいまだかつてだれもトライしたことがないのに目を付けた。パレンバンではどのレストランでも行われているように、8種類のペンペを用意しタレはお椀に入れて出す。値段もパレンバンそのままの1個1千ルピア。パレンバンでその値段だから、金が集まっている首都圏では低所得層でも手が届くはず。お客は8種類の中から自分好みの味を選んで好きなだけ食べる。そのパレンバン様式を首都圏では少しだけ変更した。ジャカルタ界隈ではレストランでなく屋台を取り付けた自転車で広い地域を巡回しようというのである。

味は保証付き。お家元パレンバンそのままの味だ。ビマダはなにしろパレンバンからペンペ作りのプロを招いて生産に取り掛かっている。年間10〜30億ルピアの売上をあげるバミラオスのフランチャイザーはこのビジネス多様化でさらに売上を伸ばそうという意気込み。2007年のルバランが終わったら、ペンペラヴィのパイロットプロジェクトが始まる。20人の販売員が自転車をこいでペンペを売りに都内の住宅地区を回る。自転車付き屋台の製作費は2百万ルピアを超えない。ペンペラヴィのフランチャイジー希望者はどんどん来てください、とビマダは声を弾ませて言う。
 
 

(2007年10月8日)
「詐欺がいっぱい(5)」
2007年2月14日午前10時ごろ、ブカシの住宅地区にあるワリス家に男がひとりやってきた。プルタミナの者でプロパンガスの安全点検をしているとその男は言い、家の中に入れてくれとワリス夫人に求めた。ワリス夫人は北ジャカルタ市の病院で働いており、その前夜が夜勤だったので睡眠不足で朦朧としている。

男は台所のガスボンベやコンロなどを一渡り見た後、レギュレータが馬鹿になっているから取り替えなければならない、と言った。男は新しいレギュレータを出してボンベに取り付け、料金として30万ルピアを請求したがワリス夫人の財布には5万ルピアしか入っていない。分割払いで、ということになり、男は5万ルピアだけを受け取って領収書を出してから帰っていった。

18時半ごろ、ご主人のワリス氏が帰宅した。奥さんから話を聞いて、ご主人は壊れていると言われたレギュレータを調べてみたが故障など何もない。新しいレギュレータに付け替えるためにホースから切り取られたレギュレータは、ホースをはさんでいたクランプがなくなっているだけだ。クランプはその男が持ち去ったにちがいない。ご主人は朝やってきた男にコンタクトし、また情報を集めてその男の素性を明らかにした。プルタミナの安全点検など真っ赤な偽りで、ガス関連器具を売り歩いているセールスマンがその男の正体だったのだ。この手のセールスマンは邸内に入る名目に即して一応のふりをして見せる。そして相手に買わせたい器具や部品でその家にあるものを調べるふりをしてわざと壊すようなことをする。

今回のことは、ワリス夫人は壊れたレギュレータを見せなくとも言うがままに金を払うだろうとたかをくくった悪徳セールスマンの失敗だったようだ。ワリス氏は、前金5万ルピアの返却、元からついていたレギュレータを元通りにすること、のふたつをそのセールスマンに要求したが、「残高を払わないならレギュレータは引き上げる。前金は会社に納めたので会社に聞いてくれ。」という不遜な態度のセールスマンにうんざりの態。

(2007年10月1日)
「高圧電流の侵入盗対策は駄目!」
外部者が自宅内に入ってくるとちょっと目を離した隙に自宅に置いてある金目のものが姿を消すという社会では、いかにして自宅に置いてある資産を守るかということも社会生活を営む上で必要不可欠な暮らしの知恵となる。折に触れて何者かが塀を乗り越えて侵入してくるような家の場合、高圧電線を巡らして結界を結ぼうという気になるのも理解できようというもの。

2007年9月8日早朝6時ごろ、中部ジャワ州クドゥスのジャティ郡ジャティウエタン村で電化製品修理業を営むジュプリの自宅の庭にふたりの若者の死体が転がっているのを見つけた隣人の悲鳴が響いた。ふたつの死体はおよそ1メートルほど離れて横たわっており、高圧電流に触れて死亡した兆候があきらかだった。20歳と26歳のその若者ふたりはジャティ郡ロラムクロン村住民で、どうしてジュプリ宅の庭に侵入したのかはまだ断定できないもののジュプリは修理の注文を受けた冷蔵庫やその他の家電品を普段から庭に積み上げて置いており、そのふたりがそこに侵入した理由はそのあたりから窺い知ることができる。

ジュプリはこれまでも庭に積んでおいた家電品を盗まれるという被害を蒙っており、その対応策として庭に置かれた修理品の山の見えにくい一角にわなを仕掛けていたことが警察の調べで明らかになった。もう何年も前から仕掛けられていたそのわなはなんと、PLNの給電架線に直接ケーブルをつないで修理品の山の近くに引き込むという形でセットされていたもので、警察はジュプリの行為に計画殺人の容疑をかぶせた。ふたりの若者がジュプリ宅に侵入した目的をまず明らかにする必要があるにせよ、たとえ窃盗目的だったとしても生命を奪うのは許されない行為であるため、ジュプリが行った盗難防止対策は法的に認められないものである、というのが警察の論旨。ジュプリはクドゥス警察に殺人容疑で拘留されており、最悪の場合は終身刑の判決が下る可能性もある。クドゥス警察署長はこの事件に関して「あんな致命的な対策を講じなくとももっとリスクの小さい対策がいくらもあるだろうに。」とコメントしている。


現代インドネシア1001景を全部読む

この記事は西祥郎さんの提供です

※このサイトに掲載されている内容(データ)は ジェイビープルが所有するものであり、無断転載、転用及び無断複製は一切禁止します。
※リンクはフリーです。Copyright(c)2004-2005 JPEOPLE