インドネシアジャカルタ最強駐在員・坂井師匠の体験エッセイ

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第76記 2006年8月15日

時代は変わり、お役御免となった印刷関連の装置を廃棄する作業を手伝った。つい先日の休日の話である。その装置とは巨大なもので、重量もかなりある。そして、主たる部品は鉄だが、それ以外にもガラスや木製部分、樹脂部分があり、すべて手作業でバラしてからトラックに積み込んだ。鉄の部分は、鉄くず業者へ売却、ガラスなどは自治体の産業廃棄物処分施設へ運搬、そして木製部分は焼却したのである。
 
ねじ回しにレンチにハンマー。組立てと分解は同じような工具類を使うものの、結果に進む方向が全く逆だ。組み立ての際は「完成するとどうなるのかなあ」というワクワク感もある、しかし分解の際は「バラすと元の部品の形に」戻るとは限らない。後ろ向きのこの作業、長年使った使用者の愛着も重なり、涙無くして進まない作業であった。
 
数十年前に、それはそれはセンセーショナルな業界デビューを飾ったこのマシンも、今やコンピュータがそれに置き換わり、当時の職人が腕に技をかけて作り上げた部品類も、この日バラバラに分解そして破壊された。一部はリサイクルされ新たな命になって生き続けるとはいうものの、一旦は見事なほど無惨な姿に変わり果てた。
 
運び込んだ鉄くずは1トンずつトラックで運んだ。持ち込んだ業者は、環境ISOを取得している「鉄くず屋」。すでにたくさんのトラックが同じように鉄くずを持ち込んでいる。そこでは直径数メートルはある円盤状の巨大な磁石がトラック荷台に近づき、そして鉄の部分だけを引き上げて持ち去る。トラックの荷台が鉄でできているので、瞬間トラックごと持ち上げられてしまう。巨大円盤磁石に吸引された鉄くずたちは、移動して横の鉄の山の頂へ。鉄の装置が鉄を持ち上げて鉄の山を作り続けているシーンは、豪快壮絶でまるでSF映画のワンシーンのようだ。
 
驚いたことは、その鉄くずの引き取り単価。数年前なら考えられない、とても高い価格で引き取ってもらえた。原油や資源高騰が背景にあるのだが、こうなったら家中にあるナベやカマ、ナタにノコギリもバラして売るか。
 
不要なもの=ゴミ。インドネシアでは分別して捨てることなく、何もかもゴミは一緒に捨てていても、それを無料で拾い、分別してくれる人たちがいた。実際には、リサイクルできるペットボトルや銅など、その人たちにとって必要なゴミ(部分)だけを探って持ち帰ってくれていたわけだが。それを生活の糧にしている人たちは少なくない。日本ではそういう仕組みが殆どないため、拾う側でなく捨てる側の人たちが分別し、ゴミは処理されている。捨てる上流側で分別することで、ゴミに対する意識は高まったとはいえ、自分に必要な「資源」を自分の手で見つけて自分のものにする意識はまだ少ない。インドネシアに比べるとそもそも資源の少ない日本においてなら、本来もっともっと「資源」を大切にする意識が高くても良さそうなものだが、残念ながら「分別すればイイ」「有料ゴミ袋を『買えば』済む」ただそう感じている人は多いのではないか。
 
帰国者たちは今日も、自分たちに必要な資源は自分たちで見つけて守るという意識を高め、もう一度ここで本当の「不要物の廃棄」を考えるのであった。
第75記 2006年8月1日

昨年3月に帰国した私は、その年の7月に自宅で使うエアコン2台と扇風機1台を買った。そして今年7月、そのエアコン2台と扇風機1台が、なんとすべて故障した。1年後に故障するようにタイマーでもセットされているのか?と思うほど、うまい具合に1年たつとイカレルものである。扇風機は保証期間である1年をわずか3日超過し、「残念!」保証適用外である。これは自分で分解/清掃して修理し、なおった。動いた。回った。家族からは「扇風機ってこんなに涼しかったのか!」とエアコンなんか要らないと言う。ちょっとは役に立った一家のオヤジである。
 
しかし問題は、高価なエアコンの方である。10年保証はあるものの、まだ設置して1年しか経っていない2005年モデルである。確かに、春から初夏までの数ヶ月間は使用していなかったとは言え、いくらなんでも同時に据え付けた2台が2台とも同時に故障とは、どういうことか。
 
昨年、そのエアコン購入時、どんなエアコンが良いか、いろいろ考えたものである。何しろ、生まれて初めてエアコンを購入するのである。やはり、失敗はしないようなメーカー選びから始めた。インドネシアにいるときはエアコン(クーラー)を毎日当然のように使用し、おかげで、どこをどうメンテナンスすれば長持ちするかを知ることができた。日本に暮らしていると、エアコンをONにする時間というのは、年に2〜3百時間くらいかもしれない。これは、インドネシア当時から比べると桁違いに少ない。だから、エアコンから見れば「もっとカマってよ〜」と寂しい思いをしているのかもしれない。年中、同じ壁の位置にずっと居座っているのに。カマってやらないから故障したと思っている。
 
さて、メーカー選びの話である。インドネシアで以前、いくつかの日本の家電メーカーのエアコンの関連の仕事をしていたことがあったので、そのメーカーにしようかとも思ったが、最終的に、家電メーカー品ではなく、エアコン専門メーカーの製品を私は選んだ。このメーカーは他の家電メーカーと違い、エアコンしか作っていない、エアコンのプロである。そして、その当時、家庭用としては他のどの機種にも無い、唯一の仕様があったことが私の財布を開ける引き金となった。ちなみに、その唯一の機能とは「自動掃除機能」ではない。
 
みなさんご存知でしたか、いまやエアコンのフィルター掃除、あれをエアコン自身が自動で掃除してくれるのだ。いちいち清掃しなくてもよい、というすごい機能が開発され、装備されていることは驚くばかり。が、実はこの機能こそが、私の好まない機能の一つである。確かに、人間が不便に感じることを解消する機能、それを開発した人たちは素晴らしいと思う。
 
しかし、掃除を人(モノ)に押し付けるな!と言いたい。だいたい、掃除をしたくないからという理由で選ぶのはタイマンだ。自分のイヤな仕事は、機械も本当はイヤなのだ。機械は文句を言わないって?いや、機械に負荷がかかっているのである。そのイヤな仕事をエアコンは請け負って、一生懸命文句も言わずに自動掃除してくれるが、その負荷は「電気代」という姿に変えて人間にふりかかってくる。
 
その上、しっかり活躍し、そしてそのさんざん汚れた「掃除機能」の部分、これを今度はいったい誰が掃除する?人間ですよね。10年間掃除不要!という商品は「あなたは10年間ノラリクラリですよ」と言われているようにみえる。普段からマメに掃除してたら、10年後に大掃除する必要なんかない。やっぱり、開発した人はやはりすごいのである。人間に「大掃除」する機会を与えてくれるエアコンを生んだわけだから。
 
それでも掃除がいやな方へは、、、フィルター掃除がいやなら、エアコン使うな!である。使われるときも、使われないときも壁にかかってじっとしているエアコンくんに、もっと気配りを!という私だが、実はインドネシア駐在時代はエアコンのフィルター掃除を業者任せにしていた。。。説得力なし?
 
帰国者たちは今日も、便利を追求すると、不便も付随してくることをよく意識して本当に必要なモノだけを選び、その選んだモノを愛する心は忘れないのであった。
第74記 2006年7月15日

日本も夏本番である。この時期には全国的に「祭り」が多いと思う。
 
先日、出張で南のとある地方に行ったときのこと。案内してくれた地元の人が「ちょうど祭りの準備が始まって、みな練習しています」と教えてくれるので、車中から眺めてた。山車が立ち並び、美しい飾りが見え、人々は衣装を着けて、本番さながらの祭りの練習をしている様子であった。衣装は、鉢巻きにはっぴ姿もあれば、ふんどし姿もある。おや?よく見ると、女の子のふんどし姿も!女の子、かわいらしいその姿とは幼稚園児である。びっくりしました?私もびっくりしました。
 
インドネシア駐在のころ、特にジャカルタ近郊では「祭りが少ない」ために「暴れる輩がいる」とよく話していた。ガス抜きとして、祭りのような行事は定期的に必要だという考え方もある。同じインドネシアでも、たとえば毎日が祭り行事の多いヒンズー教徒の多いバリ島では、暴れるものも少ない、というのも一つの証明らしい。
 
そもそも祭りとは、人を祀る、神を奉る、自然の恵みに対して祭る、など、その起こりは世界に共通したものであろうか。祈願する祭りがあり、そして感謝する祭りがある。感謝する祭りやお祝いの行事、その中でも、私がインドネシアで体験した中で、感動した祭りがある。割礼祝いの祭りである。祭りではなくお祝いの行事ではあるが、私的なこの行事もおめでたい祭り行事だと私は思っている。
 
インドネシアでのそれをsunat(スナッ)と言う。その日は朝から会社の周辺が、なんとなく村ごと騒がしく、何ごとかと見物していると、2人の男児のsunatお祝いを村をあげて行っていたのである。男児らは馬の神輿のようなものに乗り、それを成人男性が担っている。神輿は揺れながら村を練り歩いて、二人の公開祝賀である。まるで、結婚式のように、その行列は長く、村中に「この子が大人になりました!」と宣伝して歩く訳である。大人と言っても、その男児は7歳くらいらしいが。しかし、出くわす人々はみな「Selamat!(スラマッ!):おめでとう!」と声をかける。神輿の上の男児は少しはにかんでいるが終始笑顔である。両親であろうか、成人男女が声を上げて感謝の言葉を述べ、周囲の人に振る舞っている。「よくここまで生きてくれた、ありがとう」「皆のおかげで立派に育ってくれた」「ここからも人生の訓練が続く」私にはそう聞こえた。実に素朴で美しいこの光景に、私は感動したのである。
 
寂しいかな、いまの日本にはこんな行事はできないであろう。あればいいなと思う。いや、割礼をせよというのではなく、こうして家族の一員が、たとえば成人した、就職した、引っ越ししてきた、結婚した、何か功績をあげて賞をとった、、、なんでもいい、自分の家族をあるいは自分の情報を発信することに豊かな暮らしへのヒントがあると思うのだ。地域の住人がどんな人で、いまどんな状態にあるかを知り合うこと、それは、密度の濃い人とのコミュニケーションにつながると思う。
 
人を恨んだり、妬んだり、憎んだり、そういう痛ましい出来事が多い最近である。他人をよく知る、お互いをよく知れば、動機不可解な事件やへんなイザコザも減ると信じている。
 
帰国者たちは今日も、暮らしの安心と安全のために、まず地域と人々の情報を得ようとし、その「人の情報を得る」には、まずは自分からも情報を発信せねば、タダでは情報を得られないと気付かされるのであった。

第73記 2006年7月1日

いつも仕事でよく利用する高速道路、その日はやけに混雑しているな、と思った。事故車があるわけでもない、車線規制されている訳でもない、なんとなくいつもと違う車の量と流れが不思議であった。後で知ったのだが、その数時間前に同地域で、なんと数百キロの距離に渡ってカーチェイスが起きていたらしい。逃げる犯人とそれを追う複数の警察車両。その影響で、数時間経ったあとも、道路全体の流れが悪くなっていたのだ。
 
高速道路で警察、というと交通機動隊を連想する。その日も、スポーツカーを使ったハイウェイパトロールカーと出くわした。パトカーはすぐ見て分かるが、覆面パトカーは近づくまで分からないことが多い。帰国後知ったのだが、最近の覆面パトカーは、いわゆる「いかにも覆面」というようなスタンダードなセダンタイプの車両ではないものもあるようだ。高級セダンの覆面も見かけた。それに、赤色灯が飛び出すだけでなく、後部ガラスの内側いっぱいに電光掲示板が現れ「左によれ」とデカデカと案内文字が出るのもある。???こう書くと、何度も覆面パトカーのお世話になったかと想像されるかもしれないが、一応、私は、いまのところ、まだ、お世話にはなっていない。今のところ。まだ。
 
インドネシアに覆面パトカーは、あるのだろうか、それを調査する必要もなさそうだ。日本での覆面パトカーの一番大きな仕事は、速度超過の違反車両を取り締まること、と私は思っている。しかし、インドネシアでは、速度超過違反のルールはあっても、守られることも少なく、取り締まることも少ない、いや、殆どないのが現実ではないだろうか。インドネシアの高速道路を走るパトカーは、いわゆるパトロールの他は、高速車両ではなく低速車両を取り締まっていたように思う。低速車両、、、それは荷物を積んだトラックなどである。
 
友人などの話によると、インドネシアのパトカーはゆっくり走っているトラックに近づき、「おたくのトラック、傾いてるねえ、バネが下がりすぎてるねえ、積み過ぎみたいだねえ」などと危険部位を見つけては、いろいろとつけ込み、、、ま、この先は書かずともご想像の通りである。よって、高速車両に殆ど目を向けないパトカーを 一般車両はびゅんびゅん横から追い抜いているのである。
 
低速車両が居眠りやよそ見運転をしたり、あるいはブレーキが故障したとしても、それほど大きな事故になりそうもない。しかし高速車両が同じように居眠りやブレーキ故障をすると、よほど大きな事故につながる。インドネシアでも高速車両を取り締まれば、事故は減るだろう。
 
高速での走行は、運転者の視野角が狭まり危険だ。中途半端な高速でなく、「光速」に近づけるなら視野角180度を超え後ろの世界も見えるらしいが。これをローレンツ収縮と言う、おっと失礼、あふれる知識がこぼれ出た。
 
帰国者たちは今日も、高速で進む社会に惑わされて自分の人生も速くなり、その結果、人生の視野が狭くならないよう、生活のギアチェンジで低速と高速を使い分けるのであった。


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