インドネシアジャカルタ最強駐在員・坂井師匠の体験エッセイ

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第80記 2006年10月15日

続いて乗り物ねたである。やはり10年以上も運転手付きの後部座席でド~ンと構えていた私にとって、その間、現地の電車も乗った経験のない私にとって、乗ったといえば、乗り合いバスに数回、あとは自転車タクシーと飛行機ばかりという私にとって、日本でいま、自分で自動車を運転し、自分で切符を買って電車に乗り、パスポートを持たずに国内いろいろな場所に移動することは、実は新鮮な体験なのである。
 
で、今回のその「ねた」であるが、高速道路のサービスエリアでの話である。それもサービスエリアにあるトイレでの話である。
 
トイレ休憩に立ち寄った私は、そのサービスエリアのトイレの小便器、混んでいたので空いている一番手前から3番目の小便器に立ち、構えた。ふと眼下の小便器内を覗くと、そこには普段見慣れない色彩の物体を発見した。見慣れない、とはいうものの、その物体の持ち主が誰か分からないだけで、物体が何であるかは、瞬間で判別できた。それは、人間の口から排出されたモノ、嚥下(えんげ)の反対、嘔吐の結果であった。通称「ゲロ」である。どのような経緯でこの小便器にゲロが吐かれたか不明だが、バス酔いであろうか、酒酔いであろうか、まさか運転手自身ではないだろう。しかし、苦しいながらも床にこぼさず、人に引っ掛けず、トイレまでたどり着けただけでも立派だと評価できるであろうか。いや、清掃担当の方には迷惑をかけている。そんなことを考えながら私は、水洗釦を押して、その小便器内を掃除した。掃除で流さなければ、後続の方に「あ~、この人、便器にゲロ吐いた~」と誤解されなくもない。何度も水洗釦を押して、物体は排水口から姿を消した。
 
インドネシアにいたころも、よくサービスエリアのトイレや、ほかの公衆トイレを使ったことはあるが、便器内でこんな物体に遭遇したことはなかった。インドネシアではそういう光景は少ないと思う。なぜなら、まず一つに、飲酒者が少ないことが挙げられる。日本では、観光バスで飲みながら旅行するツアーがある。バス内で深酒して、おまけに車酔いも重なると、吐きそうになることもあるだろう。その結果、休憩時にトイレでバーッ!
 
また、単なる車酔いゲロも考えられるが、インドネシアではこれも少なそうだ。インドネシアで見た自動車の乗り方は、普段から、荷物と一緒にヒトも運ぶ、という状況が多い。人々は普段から、整備されていないような古いトラックや、歩合制で雇われた運転手が運転する傾いた高速バスに乗り馴れているであろうから、ちょっとやそっとの車の揺れにはビクともしないのではないか、そう思うのである。
 
分かった!インドネシア人は、日本人より三半規管が強いのではないだろうか。鍛え方が違うのである!
 
しかし冒頭に「乗り物ねた」と書いたが、よく読みなおすと、乗り物は殆ど出ておらず、出て来たのは「ゲロ」であった。失礼。
 
帰国者たちは今日も、どこに住もうともヒトとして社会人としてのマナーとエチケットを意識し、苦しいときにも場所をわきまえることと我慢することは忘れない
第79記 2006年10月1日

ヒッチハイクで自分の車に人を乗せた。生まれて初めてのことである。それは高速道路のサービスエリア内のことで、相手は日本に数年滞在しているというドイツ人男性。大学に留学しているその彼は、相当に流暢な日本語を使うので驚いていると、やはり日本人女性のフィアンセがいるという。現地の彼女、あるいは彼氏。これぞ外国語上達への早道の一つ。この手法は世界共通か。
 
その彼と高速道路を走って約1時間、車中でいろんな話をした。1回に何百キロもの距離を異国の地でヒッチハイクをすることを、もう何度も経験しているという彼。ヒッチハイクで見知らぬ人の車に乗せてもらったという経験のない私は彼に、「ヒッチハイクで怖い思いしたことある?」と聞いてみた。するとこう教えてくれた。

ヒッチハイクでの恐怖体験、それは「無口の運転手」だったという。
 
彼はヒッチハイクに慣れている。乗せてくれたその他人との車中、とにかく会話をし続けることが安心、安全であり、目的地への到達も早く感じるらしい。お互いの信頼関係もその車中の会話で確かなものに変わっていく。

しかし、その彼の経験で一番怖かったのが、「無口の運転手」。何を話しても、答えてくれない運転手、無口でずっと6時間も横に座っていたとき、それはそれは緊張と恐怖の連続だったという。
 
なるほど、ハンドルを握る見知らぬ横の運転手が、何を考えているのか、本当に目的地に向かっているのか、会話がなければその確認もできないわけだ。そのとき、彼は気付いたらしい。無理に会話をしようとか、話しかけようとするより、運転してもらっている人に合わせることが大切だ、ということを。人によっては話が得意でない人もいる、気が散るので運転中の会話を嫌う人もいる。そうか、実は無口のその運転手こそが、乗せてしまったそのドイツ人を怖がっていたのかもしれない。

ドイツ人の彼は、いくら日本語が流暢でも、文化や歴史に知識が深くても、どうしても外見が「白人」なので、よけいに外国人、として見られる、と言う。なかなかすぐに心を開いてくれない場面があるという。私自身、外国人になった経験があるので、その気持ちがよく理解できた。
 
そうなのである。いくら外国人の自分がその地で「異国の地になじんでいる」と自負しようが自信があろうが、その地の人々から見れば、やはり、外国人である。ましてや、5年や10年くらいの滞在経験では、なおさらであろうか。だから、無理に馴染もう馴染もうとする言動は、かえってムリ、ムラ、ムダ、そしてムチャを引き起こし、相手をムカッとさせてしまうことにもなりかねない。その地に馴染む努力は必要だが、そのバランスが大切であろう。自分の丈にあったバランスである。自分の丈、それは語学力、その国に関する知識力、そしてその地での人脈などであろうか。
 
帰国者たちは今日も、外国人としての振る舞いとわきまえを深く考え、日本にいる外国人に接する機会には、自分が外国人であった頃を思い出し優しく接することに努めるのであった。
第78記 2006年9月15日

出張では寝台列車に乗車することもある。前回第77記の新幹線の時刻の正確さに比べれば、寝台列車はのんびりしている。その日の最終列車であることも多く、乗せこぼしがあってはならないのか、その列車に乗り継ぐ周囲の列車が天候や事故で遅れた場合は、乗車客をたいてい待ってくれているようである。この点はグッドデザインを受賞した最新型の特急寝台も、昭和30年代から走っている車両の寝台列車も同じである。
 
その昭和30年代から走っている車両の、寝台列車内での話。私は寝床をとっていた。すると近くから小さい女の子の声がする。「おじいちゃん、このトイレ使えない!」孫とおジイさんの会話である。おそらくそのおジイさんは孫のトイレの様子を見に行ったのであろう、おジイさんは言う「それでもやらないとダメじゃないか」。私は想像した。きっと、トイレが故障しているか何かの原因で、用便がしにくい状況なのだろう、しかしおジイさんは、孫に寝床に入る前だからと強制的に用を足すよう促していたのであろう、と。

ところが、話を聞いてると、、、「私ここでウンチできない」「やったことないのか?」女の子がこれまでウンチしたことがない?そんなことはない。耳を立てていたわけではないが、よく聞こえてしまうその会話によると、どうも、女の子はしゃがんで行う和式便器での用足しができないらしい。私が乗車していた昭和の寝台列車は、各車両にトイレがあったが、どれも和式であった。私はこのレトロ感が好きなのだが、しかしその女の子は平成の子。たぶん、自宅のトイレも幼稚園のトイレも洋式で、もしかしてオマルも洋式タイプで過ごして来たのかもしれない。
 
実はこの問題、以前から気になっていた。帰国して1年半たつ我が息子たちも同じ「和式便器敬遠症候群」なのである。これでは屋外での用便時に困ると、親は真剣に悩む。地面にしゃがんで用を足せないなんて、人間として生きていけないぞ、と。
 
子どもたちによると、和式だと「フンばれない」というのだ。私にしてみれば、逆である。洋式の便座に座って入り口のドアを眺め、きばれば両足が浮いてしまう方がよっぽどフンばれないのだが。。。平成の子は平衡感覚が良いらしい。
 
それともう一つ理由がある。インドネシアに住んでいたとき、家にはマスター用と客用のトイレがあり、それらはいずれも洋式であった。子どもたちはそのいずれかを使用していたが、実は家にもう一つトイレがあり、それはお手伝いさんの部屋にあったのだ。そしてそれが和式であった。純和式ではなく、お尻が逆方向に向くインドネシア式なのであるが、しゃがむタイプであることに変わりはない。使い方(きばり方)は和式と同じだ。つまり、子どもたちはこのしゃがむタイプはお手伝いさんがするトイレ、と認識していたようである。
 
レトロ寝台列車の女の子が、はたしてどうやって用便したか、その後の調査はしていない。が、将来のサバイバル状況にも乗り越えられるよう、いまのうちからしゃがむ練習を私は勧める。年をとれば足腰が弱くなり、いずれ洋式の世話になるのだから、若い間は和式で鍛えた方が良いのではないか、と思ってしまうのである。よし、家を新築するなら、トイレは和式にしよう。
 
帰国者たちは今日も、和洋の違いと折衷のバランスを考え、これからの若い世代が日本にいながら世界の標準が見通せる世界観を持てるよう、純和風にこだわるのであった。

第77記 2006年9月1日

出張で月に何度と新幹線に乗ることがある。日本の新幹線である。日本の新幹線であるが、「世界の新幹線」である。つまり、「世界に誇る日本の新幹線」を意味しているのである。こんなことを改めて言うほどではないと思うが、新幹線が素晴らしいのは、その車両やシステム、国鉄やJRだけでなく、利用するその乗客もまた素晴らしいからこれが成り立つのだと思う。
 
ある出張の帰りのこと。その日は新幹線の最終に飛び乗った。最終なのでこの列車を逃すと翌日の始発まで列車がない。ようやく乗れて安心していたが、時計を見て不思議に思った。出発時刻を5分過ぎているのではないか。実はこの列車、出発が5分遅れたのであった。私はそのおかげでその日に最終に乗れた訳だ。ところが、この5分が大きい問題なのである。列車内の雰囲気なにか騒がしい。何がどうしたかと言えば、この遅れた5分により次の降車駅で乗り継ぎに間に合わない人たちが出てきたのである。その人たちは焦っている。この最終新幹線で何百km先までこれから移動できても、その先の最終列車に乗り継げないのなら、いま乗車する意味がないという。「いつ到着するのか」「乗り継ぎは待ってもらえるのか」多くの乗客が車掌に問いつめている。ちょっとしたパニックであった。たかが5分、されど5分。普段1分たりともずれることなく運行される日本の新幹線、わずか5分遅れれただけで、この騒ぎである。5分くらいイイじゃないか、とはさすがに言えなかった。その5分で「間に合った〜」と喜んでいる人がここにいたわけだから。
 
一人、かなり強く車掌さんに食らいついている男性乗客がいた。その人は娘であろう小さい女の子との二人連れ。もうとっくに列車は発車しているのだが、大声で車掌さんに遅れたことを怒鳴っている。で、その後である。しばらくしてその男性も落ち着いたあと、ちょっと怖がっているように見えたその女の子に、後部座席の男性が声をかけた。「お父さんちょっと怖いね、これ食べる?」おそらくプロ野球観戦の帰りであろうか、後部のこの乗客、手荷物は野球応援グッズのほかに、大量のポップコーンを手にしていた。その一つを女の子にすすめたのである。するとそれを機に、周囲の乗客までもが女の子のことを気にかけ、優しく声をかけ始めたのである。
 
おかげで、最初は重い空気に閉じ込められた列車内も、数百キロ何時間のあいだ快適に過ごすことができた。そして当のその怒鳴っていた男性はというと、、、スヤスヤ寝ていた。。。
 
方向の違う新幹線に乗ったときの話である。私が座っていた座席から10席ほど先で急に男性の叫び声がした。「ウォー@¥?*!」意味不明である。その叫びが連続して数回続いた後、最後に「もう弁当は要らない!」と聞こえた。はっきりと。寝言にしては大声でかつ鮮明であった。驚いたのは、その一人客の男性のことではない。周囲の状況である。何度か繰り返された意味不明の言葉のあと、最後の「弁当!」にいたるまで、誰一人、その乗客を振り向くことはなく、まるで他人事のようにシーンとしていたのである。私より10席ほど先、と言ったが、進行方向から見ると実際にはその客は最後尾に近い座席に座っていた。実は私だけ座席を進行方向とは逆に向かって座っていたからだ。なので私からは、着座しているほかの乗客の顔がみな正面から見える状態であった。それでも、その大声の瞬間、誰一人として後ろで「弁当!」と叫ぶ乗客に振り向ことはなかった。これは、その出来事が新幹線の中で起きた出来事であったからか。もしもこれが飛行機内なら、どうであったろう。あるいはこれが日本国外ならどうであったろう。
 
雄叫びをあげたその人はテロリスト扱いされることもなかった。しばらくあとでトイレに立った私がその人物を覗いてみると、、、スヤスヤ寝ていた。。。
 
帰国者たちは今日も、改めて気付いた安全は安全を生むということを深く心に留め、どこに住もうが安全マヒに戻らないよう強く意識するのであった。

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