インドネシアジャカルタ最強駐在員・坂井師匠の体験エッセイ

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第88記 2007年2月15日

目の前に白馬が。。。

インドネシアに住んでいたこと、人間もまわりにたくさん居たが、動物も同じようにたくさん居た。
 
最初に暮らした西ジャワ州のとある街では、その住宅街の周囲がまだ原野のような状態で、柵を越えてであろうか、猫にウサギに鶏にヤギ、いろんな動物が自宅の前を堂々と歩いているのを見て驚いたものだ。そしてよりいっそう田舎である勤務先のあった村では、それに加えて、牛やキジ、サルにヘビまでもうろうろしていた。こうして動物たちは人間と共生していた。
 
さて、日本でも地域によってこのような光景を見ることはある。が、現在私の住む地域は都市部であり、道路は舗装され、川は河川敷がしっかり造られ、そして自動車もバイクも昼夜多く走り回る地域である。
 
その日、私は自動車を運転し、自宅近くの交差点で左折しようと信号待ちをしていた。すると、目の前を白い物体が通り過ぎた。速かった。その白い背の高い物体とは、かなりの速度で、そして私の視野の左から右に移動していった。白い馬であった。
 「ああ、馬か」
動物園でも見慣れた馬。私の視界に馬が入ろうと、それは生まれて初めてのことではない。別に驚くことでもない。と、次の瞬間、
 「え!馬?」
見慣れた動物とはいえ、この街の中に、白い馬が一頭、それも交差点を横切るように、現れるとは!「夢か?」驚いた、驚いた、あー驚いた。白い馬は信号を無視してすごいスピードで走って行った。
 
私は右折し、興味があったのでその白馬を追いかけた。この道はバスも走る広い道路である。ところが追いかけると白馬はどんどん速度を上げて先に行く。この馬、どうも騎手を振り落として逃げ出したようである。後ろから、それこそ全速力でその白馬を追いかける騎手らしい人(装いがそのまま騎手であった)が走って来たからである。「乗りますか?追いかけてるんですよね?」助手席の窓を開けてそう声をかけると、彼は一瞬ためらい、しかし「すぐ後ろから来ますから」と。確かに後ろから猛スピードで馬をのせるトラックが走って来て、そして私の車を追い抜いた。もう大丈夫だろう、私は車を停め、そのいきさつを見守った。トラックと騎手さんは白馬に追いつき、すると、待っていたように白馬はトラックの荷台にスッと乗り、無事に保護された。よく見ると、追いついた場所が、馬舎であった。自宅の近くに馬や牛がいたのも知らなかったが、ホッと安心して運転席から後ろを振り返ると、私の車の後ろを何台もの自動車が連なって停まっていた。
 
なんと、みな追いかけて来たのですね。心配したんですね。緊急車両通過時に、車はみな端に避けて停車するが、このときも白馬を優先してみな停車し、見守ったのである。
 
帰国者たちは今日も、世界の人々の暮らしと動物の世界を守るため、自然のサイクルの重要性を意識しながら、ヒトと動物の共存共栄に知恵を出すのであった。
第87記 2007年2月1日

「逆単身赴任」。海外赴任の多様化に伴い、こういう言葉もよく耳にするようになった。インドネシアから最近帰国された元駐在員の私の友人がいるが、その彼は妻子家族をジャカルタに残して先に帰国したという。その理由は、お子さんがいま中学三年生、この時期の帰国や転校はあまり適当でないとの判断であった。
 
私は以前、ジャカルタ日本人学校でPTAのメンバーとして活動していたことがあるが、お父さんのいない駐在員の子息がいるのを知り驚いたことがある。「どうして?お父さんが駐在員だからジャカルタの学校に通っているのではないの?」いえいえ、そのお子さんが一人でインドネシアにやってきて日本人学校に入学した訳ではない。その理由は上述同様であった。
 
ジャカルタ市で言えば、現在日本人学校として当地にあるのは、中学校まで。高校はない。中三をむかえた少年少女は、次の進路をどこに求めるか。現地インターナショナル校などへ進む人、日本人学校以外の学校へ進む人、父親の駐在期間に関わらず、一人で、あるいは母親と一緒に日本に帰国して進学する人、あるいはまた、シンガポールなど近隣国にある日本人学校の高等学校に進む人など、いくつかパターンが見られる。
 
さて、父親が先に帰国したという母子のみの単身赴任とは、どのような暮らしぶりなのであろうか。
 
それまで父親が行っていたことを、母親が代わって行うこともあろう、息子が、あるいは娘が、それを手伝うこともあろう。父親が海外で単身赴任していた状況を、身をもって体験することになろう。
 
逆単身赴任は、たとえばお子さんの卒業まで、などと、期限が予め明確な場合が多い。なので、その期間内に起きる出来事が、たとえ甘かろうが辛かろうが、どんな体験も、母子は力を合わせて乗り越えていけるものだと思う。母子赴任がその家庭に及ぼす影響は大きい。幅広い多くの経験は、その後の家庭の絆を深めるものだと信じている。
 
帰国者たちは今日も、元赴任地と離ればなれになった家族を思い、息子や娘がより国際的な知恵と技を若くして体得することを期待しながら、遠くから優しく見守るのであった。
第86記 2007年1月15日

ありがたいことに、遠くインドネシアから今年もエアメールで年賀状がたくさん届いた。日本にいる私から投函することもある。そこで、ふと気付いた。
 
日イの切手代である。
 
インドネシアから日本への郵便切手代は、封書の場合4,500ルピア(約60円)、はがきの場合3,000ルピア(約40円)、のようだ。というのは、受け取った封書やはがきごとに、異なっているからである。どれもジャカルタ市内から日本国に向けての発送なのだが。
 
私自身が駐在時代、よく経験したことに、郵便切手代(特に国際郵便)は、その窓口の担当者によって変わることがあるということだ。どういう仕組みになっているのか。。。
 
一方、日本の郵便局からインドネシアに発送した場合(定形外グリーティングカード扱い)で封書が90円。実はこれまで知らなかったのであるが、はがきの場合、日本から世界中どこへでも、船便は60円、航空便は70円だそうだ。世界中どこへでも、である。どこへでも。そう聞いて、試したくなった方もおられるのでは?そう、いったい果てはどこまで届けてくれるか、ということを。。。最後の最後の配達郵便局員は、人間ではないかもしれない。
 
国内で配達される風景を見ていて、発見したことがある。郵便配達車といえば、赤い車に赤いバイク、と決まっていたように思うのだが、最近、日本では白い郵便局の配達車をよく見かける。委託されているのであろうか、その白い車両の後部にも「ポストの前でとまります」と書かれている。やはり遠くから見ても分かる「赤い車両」が私は好みであるが、インドネシアでは「オレンジ色」であった。車両もバイクもオレンジ色、「POS」と書かれていたと記憶している。
 
今年2007年、日本は明治以来の大改革である郵政民営化が始まる。約10年かけて完全民営化に移行する計画だ。郵便切手の扱いは、今後「郵便事業会社」の管轄となり、郵政民営化の基本方針によるとこの郵便事業会社は「国際的な物流市場をはじめとする新分野への進出を図る。」とある。よって、もしかして赤色から別の色にがらっと変わるかも、そして郵便料金もがらっと変わるかもしれない。しかし60円で5,000km間の通信ができるということを思うと、なにか、遠く深い過去と広く大きな未来をつなぐ豊かな人間同士のつながりを感じ、ロマンにふけるのである。
 
帰国者たちは今日も、駐在時代に世話になった遠くの国を結ぶ通信手段に思いをのせ、心をつなぐ10円の重みに感謝するのであった。
第85記 2007年1月1日

もう年末か。もう正月か。もう新年か。みなさま、2007年もよろしくお付き合い願います。
 
私はこれで帰国後2度目の年越えであるので、もうすっかりこの日本の生活パターンに軸があるわけである。帰国者、という表現はもう相当無理もあるのだが。が、それでも駐在時代を思いだすことがある。インドネシアのことを感じることがよくある。
 
年末といえば、家族、親戚が集まり、その姿を確かめ合い、変化を楽しむこともあるであろう。我が家では、二人の息子が最近チェスを覚えて、よく二人で楽しんでいる。将棋もやっていたが、将棋は年齢に差があると、勝負にも差があるらしく、その点チェスなら年が離れていても基本ルールで楽しむなら、ハンディをつけることなく楽しめるようである。
 
チェスで思いだすのは、インドネシアでの光景だ。夕方少し涼しくなれば、街のいたるところで、縁台などにチェス盤を置いて勝負するインドネシア人の姿をよく見る。そしてその周囲には勝負の一つ一つを見守る人だかりがあって、盛り上がりはいつも絶頂。少し離れたところでは、ギターを弾くインドネシア人も遠巻きに参加している様子。
 
我が子どもたちも、その光景は記憶に新しいらしく、「インドネシア人というのは、全員がチェスができて全員がギターが弾けるのだ」と思っていたようである。いや、実際、そう感じるほどに、そこら中でチェスとギターは目にするのである。軒下や屋台など、屋外でチェス勝負とギター演奏をしているので、滞在経験のある人は、一度は必ず見られたことがあるのでは。
 
かわって、日本の我が家での光景。チェス盤を広げて勝負している。しかしそこは室内。そして暖房した部屋の中。フカフカのカーペット、明るい照明、音楽はCDが流している。ルールは同じチェスでも、チェス盤の外側はこうも違う。そして子どもたちが言う。「運転手さんとチェスしたい」駐在時代にお世話になっていた、我が家の運転手さんも、待機しながらよくチェスをしていたのを覚えている子どもたちは、これでその運転手さんと勝負ができると思ったようである。確かにルールは覚えた。少し強くもなった。相手は大人なので、楽しむチェスをこの子どもたちと展開してくれるであろう。しかし、チェス盤を取り巻く環境がこうも違っていたとき、子どもたちはどんなことを感じるであろう。
 
帰国者たちは今日も、自分たちの息子娘たちが子どもながらに感じた滞在時の感覚が、帰国して成人しても正しく進むべき方向に成長するよう、日本に暮らしながらもこの子たちの将来を見込んで導くのであった。

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